【Book】『ミスト 短編傑作選』(スティーヴン・キング/矢野浩三郎他訳/文春文庫)(2018年)

キング作品を読むならまずこれ!ということで

 『ジョイランド』(スティーヴン・キング/矢野浩三郎他訳/文春文庫)を読んで以来、キング作品をもっと読んでみたいという思いが強くなっていきました。そして手を出してみたのが『ミスト 短編傑作選』(スティーヴン・キング/矢野浩三郎他訳/文春文庫)です。

 なぜ『ミスト 短編傑作選』にしたのかというと、目当ては本書に収録されている『霧』。『霧』は映画化もされたキングの代表作であり不朽の名作 ―― といった評判をネットで見たので読んでみたら、期待を裏切らない繊細な心理描写とカオスな展開に、大いに『霧』の世界に没入させてくれる作品で、後半からラストはページをめくる手が止まらなくなる。

 また『霧』以外にも、4作品が収録されており、キングワールドが凝縮されたような傑作選となっています。スティーヴン・キング作品を読んでみようと思う方はまずは本書から読んでみるといいでしょう。

 本書はいわば、「王道」のキング作品といったところです。前回読んだ、『ジョイランド』とはまったく趣の違う作品でした。『霧』のような恐怖とカオスを描き出すこともできれば、『ジョイランド』のように青春の機微を繊細に描き出すこともできるキング作品の幅の広さに驚きを感じます。

 本書に収録されている5作品を簡単に紹介します。もちろん圧巻は『霧』で、本書の大部分を占めています。

ほら、虎がいる

 尿意が我慢できずに授業中にトイレに行くはめになった少年を描いた作品。特段、物語性があるわけではないので、最初読んだときは意味がわかりませんでした。でもよくよく読み返してみると、誰もがイメージできる小学校の日常なのに、スッと非日常的な空気感が漂っていることに気が付きます。そして文字情報だけで、読み手の視覚、嗅覚、聴覚といった感覚にアクセスし、操作する表現力。非日常的な空間に入り込ませる描写力が見えてきます。

 物語性がないゆえにキングの筆力が感じられる。初期のキング作品。

ジョウント

 「ジョウント」と呼ばれるテレポーテーション技術が確立された未来を舞台にしたSFホラー作品。ジョウントにより火星に旅立とうとするある家族の物語。空港ラウンジでジョウントの順番を待っている間、父親がジョウントを開発した研究者の物語を語りだします。この父親の語りが読み手にじんわり不安を煽り、また伏線となり、きっちりホラーな結末を向かえる。ホラーなムードに静かに浸れる作品です。

ノーナ

 主人公は独房に収監された青年。自らの犯行の回想を書き綴っていくというスタイルの作品。個人的には結構好きな作品で、ホラーには大概、人外による恐怖と、人間の狂気による恐怖が用いられる。本作は後者の方。映画でもこの手法はちょくちょく使われ、目新しさはないものの(そもそも1970年代の作品)、キングが描き出す世界観、陰鬱なムードはたまらなく浸れる。

カインの末裔

 これも物語性がある作品ではない。また状況や背景の説明もなく事は進んでいく。なにがなんだかわからない――ということが怖さを助長する。人間が怖さを感じるシチュエーションをキングは熟知していると思わされる作品。

 本書の充実のメインディッシュである「霧」。妻と息子とロング・レイク湖畔に住んでいた主人公のデヴィッド。ある夜、激しい嵐に見舞われ、翌朝になると湖の対岸側が不自然な形の霧に覆われていることに気づきます。デヴィッドは不安を感じながら物語は進んでいきます。詳細は言いませんが、読み手に常に不安を与え続け、期待を裏切らない怖さとして結実します。読み手には常に不安を積もらせながらも、展開の「静」と「動」のコントラストは利いており、飽きたり、間延びしたりすることもありません。読み手の五感を捉え、状況を想像させるキングの表現力はさることながら、人間の内面の描写もかなり繊細に描かれており、高い没入感を感じる作品。まじ面白い!


uroko

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