【Book】『ジョイランド』(スティーヴン・キング/土屋晃訳/文春文庫)(2013年)

スティーヴン・キングが描く“ 青春小説 ”

 以前、雑誌に本書が紹介されていたことを思い出して、なんとなく手に取ってみた作品でした。ホラーのイメージが強いスティーブン・キングですが、本書は、誰しも持っている恋愛の古傷を心地よく疼かせ、爽やかな感動を与えてくれるミステリーでありながら青春に彩られた物語。

 主人公は、デヴィン・ジョーンズという21歳の男子大学生。付き合っている彼女は同級生だったウェンディ・キーガン。二人は大学の二年間ずっと一緒に過ごしてきましたが、1973年の夏、ウエンディはボストンでバイトをすると言い出し、デヴィンは否応なく遠距離恋愛をすることになります。デヴィンは彼女の気持ちの変化を見ないようにしながらも、彼女を失うかもしれない恐怖に苛まれていきます。

ボストンから北へ車を走らせながら、遠い不安に付きまとわれていた。ウェンディの声のどこに引っかかったのか。気のないあの感じだろうか。わからなかった。それを知りたいのか、自分でもはっきりしなかった。でも考えていた。こうして、いまもたまに考えたりする。この年齢になったぼくには、彼女はひとつの傷、ひとつの記憶でしかない。ときに若い女が若い男を傷つけたりする、その程度の傷を残していった他人にすぎない。別の人生で出会ったひとりの若い女。それでもウェンディがあの日、どこにいたかを考えずにはいられない。“いろいろ”とは何だったのか。

スティーヴン・キング『ジョイランド』より

 遠距離になったデヴィンは夏休みの間、ノースカロライナのヘヴンビーチに近い「ジョイランド」という遊園地でアルバイトをすることにします。遊園地の特殊な仕事に戸惑いながらも、徐々に仕事に馴染んでいくデヴィンでしたが、ジョイランドの下宿先でウェンディからの別れの手紙を受け取ることになります。

 自分でも理解できない喪失感、生々しい懊悩 と嫉妬。デヴィンは突如心に空いた穴を、ジョイランドで働く日々によって埋めていきます。生涯の友となる同僚のトムとエリン、個性的な職員たち、そしてジョイランドにやってくる親子たちのと交流。

 そしてある時、デヴィンはジョイランドにあるホラーハウスで4年前に起きた未解決殺人事件のことを知ります。以来、デヴィンはその事件の謎に惹きつけられていきます。

 映画や本を手に取れば、ひとは物語のなかに自分を見つけ出すことができるものだ(ジャン=リュック・ゴダール/仏の映画監督) ―― 本書は、若い頃に誰もが一度は通過する恋愛の不安と失恋の痛みの感覚を、ミステリーでありながら繊細に描いており、読者に傷の癒えた美しい青春の記憶を呼び戻してくれるでしょう。そしてデヴィンは失恋、そして受容の道のりをたどりながら、4年前の殺人事件の謎を通して、ジョイランドで過ごした時間は人生でもっとも美しい季節だったと感じる体験をしていくことになるのです。

宝物の日々はあるということだ。数は多くないにせよ、総じて人生にはそれがいくばくかは存在すると思う。あの日はぼくにとってのそんな一日で、気持ちがふさいだとき――人生が重くのしかかってきて、何もかもが雨の日のジョイランド・アヴェニューみたいに俗悪に見えるとき、ぼくはそこへもどって、人生も捨てたものじゃないと思いかえすことにしている。

スティーヴン・キング『ジョイランド』より

 甘く切なく爽やかな読後感のある作品です。スーパーナチュラル青春小説!


uroko

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