【Book】『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ/友廣純訳/早川書房)(2020年)

野生動物学者が描くミステリー

 アメリカ東海岸ノースカロライナ州に広がる湿地帯が本作の舞台です。湿原と海に囲まれた村で、チェイス・アンドルーズという青年の死体が発見されます。当初は、村の火の見櫓(やぐら)からの転落事故と思われていましたが、櫓に向かうぬかるみには当然あるべきはずの彼自身の足跡が残されておらず、事故は殺人事件へと発展していきます。

 この湿地帯には、親に置き去りにされ、たった独りで未開の湿地で生きるカイアという幼い少女がいました。圧倒的な貧困と孤独の中にあって、涙ぐましくも逞しく生きる “ 湿地の少女 ” 。彼女は湿地に生きる動植物を友達とし孤独を癒し、先生とし学び、そして家族とし、湿地に育まれるように成長していきます。

 “ 湿地の少女 ” の成長譚と、村の青年の殺人事件。まったく交わることの無さそうな2つのストーリーが時間軸を移動しながら交互に描かれて行き、一つのストーリーへと収束していきます。

 本書は、ミステリーではあるのですが、作者のディーリア・オーエンズさんは野生動物学者でもあるそうで、活き活きとした湿地に生きる動植物の描写は、繊細で美しく、カイアが湿地で生活をつないでいく姿、湿地の動植物を友達として孤独を癒す姿、そして湿地の動植物から学び成長していく姿は、映像を眼に浮かべながら読まずにはいられないほど美しく表現され、映像を見ているような感覚で読める作品です。また一方で、極限の貧しさの中で生きる姿には、心動かされるものがあります。

 そんな人間社会から隔絶されたところで育った彼女も成長とともに、「人間」を知っていきます。その過程で感じる葛藤や感傷が、手に取るように感じられる感情表現は、引き込まれると同時に、時に胸が重くなるものがありますが、それだけに最後には、清々しい涙を覚える作品で、満足度の高い余韻を味わえる作品です。

(ディーリア・オーエンズ/友廣純訳)

uroko

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする